#2 初舞台(マンハント)

3 行動派ミステリィのスタイル

1 ものごとは初めがカンジン

――献辞とファースト・シーンについて

 去年(*1)(といっても、まだ今年ですが)は『行動派ミステリィの〝顔〟』で、みなさんをナヤませました。「表紙のことばかり書きやがって、あの野郎、そうとうなメンクイだな」なんていわれかねないので、今回からいよいよBodyの分析にとりかかります。

 順序からいって、まずファースト・シーンということになりますが、そのまえに献辞その他についてお話をしておきます。

 

 

ほほえましい献辞

 

 今回の小論のタイトルの上につけたように、献辞は、本文のアクセサリイであると同時に、ささげる相手への感謝や、愛情の気持ち――をあらわしています。

 ジョニイ・リデル(*2)〜シリーズでその名も高いフランク・ケーン(*3)は処女作 “About Face”(47)を妻に、51年の “Bullet Proof” (*4)を〈このシリーズの技術顧問の役をはたしてくれた弟のヴィン〉にささげ、同じく51年の “Dead Weight” は〈御恩に対するささやかなお返し〉として友人のハーレヒイ(*5)にと、なかなか殊勝なところをみせています。この謙虚さがケーンをいっそうポピュラーにしたのでしょう。

 平凡ではありますが、妻や母親や最愛の息子や両親に愛情をこめて作品を献ずるのはほほえましいものです。〈愛する妻へ〉なんて日本人が書くと、テレ性の私たちは「なんだこの野郎、ヤニさがりやがって」などとすぐ思います。いけませんね。

 マニイ・ムーン(*6)とクランシー・ロスのシリーズですっかり人気のでたリチャード・デミングは処女作 “The Gallows in my Garden”(52)(編注・正確にはThe Gallows in My Garden と、Myが大文字)を次の一節をつけて母親に献じています。

〈この一篇を、ドーヴァー・プレイス教会の聖徒を題材にした無害な物語を書いたほうが、おそらく喜んだにちがいない母親にささげる〉

 一方〈お父さんに感謝をこめて〉ささげているのはチェスター・ドラム〜シリーズのスチーブン・マーロウ(*7)ただ一人でした。

 そのほか肉親では、あいかわらず我の強いチャーテリス(*8)が〈いつの日かセイントに会えることを祈って――パトリシア・チャーテリスに〉などというのもあります。

 どうせササゲるのなら、恋人をきざっぽくクドきながら――というのでしょうか、ミロ・マーチ(*9)〜シリーズのM・E・チェイバーは〈さあ、愛する人よ、我がもとに来たれ。さればそなたを天高く抱き、空の星に書かれた文字を読ません〉とか、こんどは相手をかえて〈マーサよ……〉なんてささやきつづけるのもよいでしょう。

 友人たちとなると、またちがってきます。

〈信念の男ハワードと、ハワードを心から信じたジェニーに〉ジョン・D・マクドナルド “The Executioners”(*10)(57)

〈私のよきパートナーであり、永年のあいだ、私にインスピレイションを与えてくれたキャスリーンヘ献ず〉ブレット・ハリデイ ”Counterfeit Wife” (*11)(47)。結婚前のことかもしれませんが、細君のヘレン・マクロイならずとも、どうやってインスピレイションを湧かせてくれたのかしらと首をひねりたくなります。(*12)

 ジャック・パランス主演の脱獄もの映画に『ゼロ番号の家』というのがありました。原作者でF・S作家(*13)のジャック・フィニイはその一篇(*14)を〈友人ハーリイ・O・チート、サンクェンティン刑務所看守にささげる〉と記しています。

 このように、献辞は作家の人間関係や環境をよく知らせるものです。

 スパイもの・暗黒街ものがお得意だったピーター・チュイニイ(*15)はDarkシリーズの一篇 “Dark lnterlude”(47)を有名なゲリラ隊マキにささげ、ミルウォーキー生れで、ジョー・ピューマやロック・キャラハン(*16)〜シリーズで有名なビル・ゴールトは56年の一作 “Day of the Ram” を〈ブラウン、スターリング、メイプスら……ミルウォーキーのギャング連中にささぐ〉と郷土愛を発揮しています。

 アメリカの出版界では編集者が大きな勢力と権威をもっていますが、その事情をハッキリと示すのは次のような献辞です。

〈リー・ライト女史に献ず〉ジョン・ローバート “The LunaticTime”(56)(サイモン&シャスター)(*17)

〈私の編集者、忍耐づよく・おだてじょうずで・しかも容赦なきハリソン・プラットにささぐ〉ジェン・エバンス(*18)“Halo in Brass”(*19)(49)(ボブス・メリル)(*20)

 作家が作家に献辞をささげている例もあります。ビル・ゴールトは“Death out of Focus”(56)をリチャード・マシスンに、そのマシスンは54年に“I am Legend” (*21)(編注・正しい表記は I Am Legend)をヘンリー・カットナーに献じています。ゴールドは作品のアイディアをマシスンにもらったとつけくわえ、マシスンはカットナーの助言と激励を感謝しています。

 おねえちゃん探偵ハニイ・ウェスト(*22)〜シリーズにはおもしろい献辞が多いのですが、57年に書かれた処女作『この娘貸します』(*23)は、著者のフィックリング夫妻からティナとリチャード・S・ブラザー(*24)そしてシェル・スコットに贈られています。プラザーの作品をみますと、

〈ティナヘ〉“Find This Woman” (*25) (51)

〈この一篇はティナヘ著者からささげられたものである。著者は彼女の友人であり、恋人であり、なによりも幸運なことに彼女の夫である〉“Bodies jn Bedlam” (*26)(51)

〈ティナヘささげるもうひとつの作品〉“Always Leave’ em Dying” (*27)(54)

〈この一篇こそティナヘ〉“Take a Murder Darling” (*28)(58)

 こうつづけられては「いいかげんでやめてくれ」といいたくなります。

 11月号(*29)で「さっぱり新作を書かずに、腕ききの版権代理人スコット・メレディスのかせいでくれる印税で食っている」とブラザーの悪口をいったとたん、新しいスコットもの “Dig That Crazy Grave” (*30)がO・デマリスやW・R・バーネットの新作とならんで61年(*31)の8月にでました。

 これと同名の短篇がロバート・ブロックにあります。プラザーの作品はレッキとした新作長篇で、シェル・スコットものの第16作めにあたります。ブラザーにはこのほか、弟分のスチーブン・マーロウとの合作が1作、短篇集が3作、アンソロジーが1作、シェル・スコットの登場しないものが3作、それにドラグネット(*32)があり、単行本の合計は25作です。

 

気のきいた献辞・人物紹介

 

 作家の対人関係をしるためもありますが、気のきいた献辞や前書きは、作品を読みはじめるときのひとつの足がかりともなり、自然に雰囲気に慣れていくことにもなります。

〈この一作をハドソンベイ・スコッチとケント(たばこ)とユーバン・コーヒーにささげる。これらなしには、この作品は生れなかったであろう〉R・S・ブラザー “Over Her Dear Body”(59)(編注・Over Her Dead Body(小鷹文庫))

 こういうのにぶつかると、作家がタイプに向かいながらテーブルにスコッチとコーヒーをならべ、口に長いシガレットをくわえている情景が目に浮かびます。

 多くのペイパー・バック(*33)本は表紙をひらくと1ページに、本文からの〝さわり〟の部分の引用があり、2ページはまっ白か作家の他の作品名、あるいは広告、3ページめにタイトルがあり、その次に奥付けという順になっています。

 さていよいよ第1章がはじまるわけですが、この奥付けと第1章の間に、いまお話した献辞のほかにはさまれるのが、人物紹介、目次、前書き、著者のノート、プロローグ等々といった種類のものです。どの作品にもついているといったわけではありません。出版社によってもちがい、《ポケットブック》(*34)や《エイスブック》(*35)などは、ほとんどが登場人物の紹介をしています。

 最近の傑作は《ゴールド・メダル》のマイク・アバロン(*36)の人物紹介でした。

 

 登場人物(および、その好みのダンス曲名)

 エド・ヌーン 〝フォックス・トロット〟(いそがしい私立探偵には向いているだろう)

 イヴリン・ハート 〝ラムベス・ウォーク〟(ラムベスはロンドンの一地名。そこの舞踏?)(*37)

 カフイー 〝マンボ〟

 ベニイ 〝タランテラ〟(イタリーの活溌な二人舞踊曲)

 ベッグ・テンプル 〝リンディ〟(不明。航空用語では飛ぶことの意味があるが)(*38)

 マイク・モンクス警部 〝ワルツ〟(!)

 ブードゥー 〝リンボ〟(天国と地獄の中間――とか、監獄――という意味だがこんな曲があるかどうか、知らない)(*39)

 侯爵 〝サンバ〟

 カウント・カリプソ 〝カリプソ〟

……そして、彼等のうち何人かは二度と踊らなかった。

   ――”The Voodoo Murders(57)

 

 登場人物(および、その好みの武器名)

 エド・ヌーン 〝コルト45〟

 マイク・モンクス警部 〝ポリス・ポジティヴ〟

 トム・ロング 〝蒸気アイコン〟(*40)

 タニア・ロング 〝お人形〟(中国娘タニアの妹のティティが大好きな人形)

 ホリイ・ヒル 〝40インチのバスト〟

 ケリイ 〝電話〟

 ペニイ・ダーレル 〝よく切れる頭脳〟

 エイス 〝サブ・トンプスン機関銃〟

 C・C・ドリル 〝テキサス人のげんこつ〟

 T・T・トマス 〝色事師のからだ〟

……そして、彼等のうち何人かは竪琴と鋤を手にした。(「晴耕雨読」というコトワザに似た意味)

   ――”The Crazy Mixed-up Corpes”(57)(編注・表記=The Crazy Mixed-Up Corpse)

 

 こういう気のきいた人物紹介はちょっとお目にかかれません。

 人物紹介(Cast of Characters)、目次(Contents)のほかに、なにやかやと自作に一言注文をつけるのが好きな作家は、著者のノート(Author’s Note)や前書き(Forward Introduction)をつけたりします。前書きは著者以外の権威ある批評家や作家がつける場合もあります。

 特殊な例では、ハル・エルスンやジャック・カーニイなどが作品中に使われる陰語・俗語の注釈をつけくわえていることがあります。

 

本文の構成

 

 ファースト・シーンを御紹介するといいながら、このように長々と前書きをつづけるのは作法にかなっていませんが、けばけばしい表紙、質の悪い紙、おそまつな製本――などとペイパー・バック本はよく悪口をいわれますが、読みようではいくらでも興味深くなることを知っていただきたいのです。

 本文の構成自体にしても、コッた作家はいろいろなものを用意しています。

 ウェイド・ミラーは、各章ごとに日付けと時刻をつけるのがお得意で、このために緊迫感が盛りあがってきます。曜日をつける作家もいます。

 章(Chapter) は多いもので40章以上、少ないもので10章ぐらいですが、なかにはまったく章のない作家(J・ウェッブなど)もいます。

 章には、タイトルのあるものと、ないものがありますが、章より大きい項目、篇(Book)や部(Part)には、たとえば第1篇「道」、第2篇「陸」、第3篇「光」などといったタイトルがつけられています。

 本文にはいる前に意味深長なプロローグをはさむ作家もいます。プロローグは映画でいえばタイトルのでる前に短かく印象的にはさまれるシーンに似ています。

 事件の前提となる過去のできごとや、ちょっと以前に発生したできごとの紹介、あるいは事件とはかかわりなしに登場人物の性格をチラっとのぞかせる役目をもっています。

 さて本題にはいるわけですが、R・S・ブラザーははじめてのアンソロジー ”Comfortable Coffin”(61)(編注・正しくは The Comfortable Coffin)の前書きで次のようなことを書いています。「詩のアンソロジーには、ふつう第1行の索引がついているものだが、私の知るかぎりでは、短篇小説のアンソロジーには例がないようだ。

 だが、私のこのアンソロジーにはついている。目次のタイトルと作家名の下に小説の第1節が配してある。収められた作品の多様性、スタイルをあらかじめ知ることができるだろう。

 それだけでなく、この試みは私にとってもたいへん楽しみであった。(それが、このアンソロジーの第一義的目的でもある)

 第1行を目次に収めてあるので、あとでまたある作品を読みたいと思ったときに便利だろう。私の推測が誤まらねば、これには読者がきっともう一度読みたいと思うにちがいない作品が集められている。」

 私の目的もこれと遠くありません。

 

 

内面描写と客観描写

 

「名前はキャノン。酔いどれだ。そいつははっきりさせとこう。俺は飲みたいから飲む。あるときはうちひしがれ、あるときはこの世の春をたのしみ、そうちょいちょいじゃないがシラフのときもある。たいていは酔いつぶれている。狩込みにひっかかれば犯罪ってことにもなろうが、ここじゃ酔いどれるってことは悪いことじゃない。バワリーってのはそんなところだ。」

  カート・キャノン(エヴァン・ハンターの別名)“I’m Cannon for Hire” (*41)

 

「俺か? 俺はシェル・スコット。私立探偵だ。たいていのかたはよっく御存知だろう。俺はロスで仕事をやっている、ほとんどの事件はロスからハリウッドにかけて起こったものだ。6フィート2インチ、二百と5ポンド、短かく(*42)かりあげた白い髪、逆V字型の眉毛、水割りのバーボンと骨つきの上等の肉が好きでお女性をお気に入りのかくれ家にしてるってことも先般御承知のとおり。

「名前はチェスター・ドラム、東部のワシントン附近が繩張りだが、依頼者の小切手とか美人のほほえみとか、ちょっとしたことさえあれば、どこにだってすぐに飛んで行く。」

  R・S・ブラザーとS・マーロウ合作。“Double in Trouble”

 

 もろもろの例にしたがって、まずファースト・シーンを大きく内面描写と客観描写にわけてみました。内面描写では、実際にファースト・シーンでのべられているものがまだ著者の頭の中から動きださず、じっとしています。

 いつのことなのか、どんなふうなのか、なにをしているかはわかりません。ただわかるのはのべられている人物の心の状態――心境だけなのです。

 ここにあげた三つの例は、自己紹介型といえるでしょうが、キャノンは彼の住んでいる街を、スコットは彼の容姿を語っています。ですから自己紹介型のファースト・シーンはじつは内面描写であるより客観描写のなかの人物描写にはいるのです。

 

「その扉は私の室の扉である。つや消しガラスの上の端正なローマン調の書体の文字は私の名前である。〈スチーブ・コナカー〉(*43)そして小さな字で〈私室〉と書いてある。」

  アダム・ナイト “Stone Cold Blonde”

 

 これは内面描写なしに、たくみに主人公に自己紹介をさせているよい例です。

 

「万事が逆目〜逆目とでる、ツキの悪い日だった。あの手紙がケチのつきはじめということを察してさえいたらよかったのだ。」

  ジョン・D・マクドナルド “Murder for the Bride”。               

 

「誰でもいつかは運の悪い日にでっくわすハメになるものだ。ゼニ勘定のさいちゅうに、ひょいと机ごしに訪問客の姿をみたとき、今日はその日が俺にまわってきたなって感じが強くした。」

  ロバート・ドナルド・ロック “A Taste of Brass”(私立探偵ビート・ブラス〜シリーズの一篇)

 

「ものごとが万事うまく行きすぎるな――って感じたことはありませんか? きっとなにかが起きて、なにもかもぶちこわしてしまうんじゃないか――って思ったことはありませんか?」

  ボブ・マクナイト “Murder Mutuel”

 

 こんな調子のファースト・シーンがあります。こういうのは心理型とでも呼んだら良いでしょう。また、シンリはシンリでも真理のほう、いわば哲学型、格言型のファースト・シーンもあります。

 

「おのれの力量を知らぬものは愚者だけだ、昨晩はこのコトワザを自分で証明するような夜だった。私はぶらっとデイヴの店に入っていったのだが……」

  ジミイ・シャノン(*44) “The Devil’s Passkey”

 

「俺のハジキを俺ごとそっくり雇ったやつら、その俺が見つけて罠にかけ、しめあげ殺しちまうことになるかもしれないやつら、ぬくぬくと別世界で安全に暮し、ひとの死にざまも知らないやつら、俺はこの三種類の人間のことで頭がいっぱいだった。やつらはぶつかりあうべきだ。俺か? 俺はどのやつとも知りあいだから、ただ引きあわせる役目だ。」

  ジョン・B・ウエスト “An Eye for An Eye”(編注・表記= An Eye for an Eye)(私立探偵ロッキー・スチール)(*45)

 

「はじめに神あり、天と地を創りたもう。されば、スプートニクも核実験もなし。かくのごとく、そもそも発端よりカート・レナーに、ケルシイ・アンダース殺害の意志はなかった。」

  デイ・キーン “Take a Step to Murder”

 

「どんな職業でも、経験を積むにしたがって一人前になるものだ。私もそうだった。はじめの頃のむちゃな計画や、百に一つのチャンスのことを思うとぞッとする。」 

  R・デミング ”Kiss and Kill”

 

 哲学型とはややニュアンスのちがうものに経歴・過去・現在の環境や背景の告白型があります。

「口ひげのことからまず話そうか。俺はきれいさっぱりそり落してしまったよ、征服への第一歩、目標はキャロッタ・ディンというお女性。(深い、改唆のため息)」

  ヘンリィ・ケーン ”Too French and Too Deadly”

 

「そいつは、いつも俺についてまわる。いつもだ。そいつってのはヤッカイごとのこと。もめごとをだれかが背負うとしたら、賭けたっていい、いつもきまって俺さま、ティム・ラニガンなんだ。」

  ロバート・P・ハンセン ”Dead Pigeon”

 

「まとまった金を手に入れるには野郎を殺すしかない。スケだってかまわない。こまかいことにはかまっていられない。」

  ブルーノ・フィッシャー “The Fast Buck”

 

   *

 

 今回いくつか御紹介しましたファースト・シーンはおもに、大別した内面描写の部に入るものです。しかし、内面描写、客観描写といっても、なかなか、すっぱりと大別できないのがじつはハードボイルド・ミステリィに特有なスタイルなのです。

 

「アパートはちっぽけで薄暗く焼けつきそうだった。」 

  F・ケーン “Poisons Unknown”

 

「棺おけのふたがドサッと落ちた。『おやじかい』警官が俺にたずねた。『叔父だ』俺はいいなおすと、ちょっといやな顔をして死んだ叔父のことを考えた。」

  スチーブン・マーロウ ”Passport to Peril”

 

「一丁ほどさきで誰かが泣いている。奇妙な叫び声、路地の野良猫が異性を求めて鳴く声に似ている。」

   ジャック・カーニイ “Layout for Murder”

 

「西部横断航空をスポーケン飛行場で降りたとき、シカゴからずっと俺をみはっていた麻薬中毒者もおりだ。ーー殺しまであと2時間。明るい小さなターミナル・ビルの一隅に坐った。男は壁ぎわにからだをもたせかけると、火のついていないタバコを薄い平らな唇にくわえ、私をみつめつづけていた。」

  ルイス・トリンブル “The Smell of Trouble”

 

「バーは薄暗く、タバコのけむりがたちこめていた。だからすぐにキャシイの姿をみわけられなかったのだろう。それとも彼女があまりに変わったからだったろうか。」

  ギャリティ ”Kiss off the Dead”(編注・表記=Kiss Off the Dead)

 

「マイアミからズラかったとき、ジャドソン・サンスは三千二百ドルもっていた。6週間後、リッジフォード市にバスでついたときには、それがただの26ドルになっていた。」

  R・デミング “Edge of the Law” (60)

 

 いずれも文体は純然たる客観描写です。それでいて、どの文章からも、その情景や人物の性格の裏側に秘められているものが、どことなくにじみでています。行動のみを追うか、すこしじっくりと味わって読むか、それは読者に課せられた問題でしょう。

 

 

*出典 『マンハント』1962年1月号

 

 

[校訂]

*1:去年 → 1961年(この記事が掲載された1962年1月号は1961年暮れに発売なので、61年に記事を書いている。)

*2:ジョニイ(ジョニー)・リデル

*3:フランク・ケーン(ケイン)

*4:Bullet Proof →『弾痕』

*5:ハーレヒイ(ハーレイ?)

*6:マニイ(マニー)・ムーン

*7:スチーブン(スティーヴン)・マーロウ

*8:(レスリー)・チャーテリス(チャータリス)

*9:ミロ(マイロ)・マーチ

*10:”The Executioners” →『ケイプ・フィアー』

*11:Counterfeit Wife →『シェーン偽札を追う』

*12:ヘレン・マクロイとは1946年に結婚し、1961年に離婚したが、そのあと、キャサリーンと結婚した。

*13:原作者でF・S作家の → SF作家

*14:その一篇 → 原作の The House of Numbers『完全脱獄』

*15:ピーター・チュイニイ(チェイニー)

*16:ロック(ブロック)・キャラハン

*17:サイモン&シャスター(シュスター)

*18:ジェン(ジョン)・エバンス(エヴァンズ)

*19:Halo in Brass →『真鍮の栄光』

*20:ボブス(ボブズ)・メリル

*21:I Am Legend →『地球最後の男』

*22:ハニイ(ハニー)・ウェスト

*23:『この娘貸します』→『ハニー貸します』

*24:リチャード・S・ブラザー(プラザー)

*25:Find This Woman →『傷のある女』

*26:Bodies jin Bedlam → Bodies in Bedlam →『おあついフィルム』

*27:Always Leave’ em Dying → Always Leave ‘Em Dying

*28:Take a Murder Darling → Take a Murder, Darling

*29:11月号 → 1961年11月号

*30:Dig That Crazy Grave →『墓地の謎を追え』

*31:61牟 → 61年

*32:ドラグネット → ジャック・ウェッブ主演のTV番組《ドラッグネット》のタイアップ本 Dragnet: Case No. 561 をデイヴィッド・ナイト名義で執筆

*33:ペイパー・バック → ペイパーバック

*34:ポケットブック → ポケット・ブック

*35:エイスブック → エイス・ブック

*36:マイク(マイクル)・アバロン(アヴァロン)

*37:「ラムベス・ウォーク」は、1930年代にイギリスで流行ったダンス

*38:「リンディ・ホップ」は、1930年代にニューヨークのハーレムで流行ったダンス

*39:「リンボー」は、体をうしろにそらしながら、低い横棒の下をくぐるダンス

*40:蒸気アイコン → 蒸気アイロン

*41:I’m Cannon for Hire →『よみがえる拳銃』

*42:短かく → 短く[当時は「短かく」でも正しかったのかも?]

*43:スチーブ(スティーヴ)・コナカー

*44:ジミイ(ジミー)・シャノン

*45:ロッキー・スチール(スティール)

 

 

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