#初舞台(マンハント)

1 行動派探偵小説史

最終回 〈1955〜61〉新しい時代のH・B小説

戦前派の人気作家

 

 ペイパー・バック本の隆盛とハード・ボイルド専門のあたらしいミステリィ雑誌《マンハント》の登場を背景に新人がわんさと誕生したところまでお話してきましたが、今回は55年以降の新しい作家に焦点をあててみましょう。

 全般的にみてみると、ほとんどの作品が規格品にちょっと色をつけたイージー・オーダーなみの大衆小説、はやり言葉でいえばレジャー用の消耗品となり、内容的にもハード・ボイルド小説はおおきく変質してきたといえるでしょう。かつてハメットなどが身につけていた気骨というか胆っ玉というか、荒けずりななかにもおのずと備わっていたハード・ボイルド魂や格調の高さは姿を消し、ますます風俗小説化したミステリィは機械文明/マス・コミ/マス・プロがうんだ盛りをこえた大年増的な爛熟と頽廃の世代を道化じみた描写でおもしろおかしく書きなぐる傾向が目立ちます。

 61年型の新車が装いも新たに登場するとエンジンにはたいした違いもないのに、昨年の車がすぐに顧りみられなくなるのとおなじように、新しいもの好きな大衆の好みにあわない作家はすぐ忘れられてしまうのです。このなかにあって百を越える長篇小説をコンスタントに書きつづけてきたガードナー、「プレイバック」を最後にこの世を去ったチャンドラー、カムバックが期待されるW・R・バーネット、あるいは多作家のL・チャーテリス(*1)やB・ハリデイなどの作家としての長い寿命はたいしたものだといえましょう。

 大衆の貪欲な要求にこたえるだけのエネルギッシュな創作力と、チャンドラー/バーネーット(*2)をはじめとして、J・M・ケイン/F・グルーバー/J・ラティマーなどの古い作家が作家生活・私生活の両面においてハリウッドと密接な関係にあった点も人気を維持するうえのおおきな鍵だったのでしょう。映画のシナリオで稼ぎながら、住みごこちのいいカリフォルニアにおおくの作家が住みついていたのです。

 戦後派の作家が出版・演劇・テレビの中心地ニューヨークのマンハッタン地区、マディソン通りに本拠をかまえていることときわめて対照的な現象でしょう。

 C・ライス(57)、ロイ・コーエン(*3)(59)、チャンドラー(59)、ハメット(61)とアメリカ探偵小説界の草分けの人たちがあいついでこの世を去り、やがてミステリィ界の分布図もおおきく色を塗りかえることになりましょう。より良き土地を求めて西へ西へと進んでいった作家たちも、斜陽産業といわれる映画界に見切りをつけてふたたび古巣の東海岸に舞いもどってきつつあるようです。

 

戦後派の代表作家

 

 戦後、華々しくデビューした作家の数はかるく百を越すでしょうが名実ともに作家として定着した人としてはロス・マクドナルド(ギャルトン事件).W・P・マッギバーン(*4)(明日に賭ける)、新聞記者もののD・アレギザンダー(*5)(Dead, Man, Dead(59))およびW・ミラー/T・B・デューイ/E・レイシイくらいのところでしょう。

 大衆作家では、普通小説も手がける人がおおくコスモポリタン誌の定連作家J・D・マクドナルド/ミステリィから一歩踏みだしたF・ケイン(Juke Box King)FENから放送されていたポピュラーな私立探偵ピート・チェンバースのH・ケイン/アンソロジー(Comfortable Coffin)(編注・正式なタイトルは The Comfortable Coffin)をだしたR・S・プレイザー(*6)やその後輩で合作(Double in Trouble)をともにしたステフェン・マーロウ(*7)(普通小説Blonde Bait(59))、それにビル・ゴールト/デミングなどは戦後派の十年選手として幅の広い名声を獲得した作家です。

 

ミラー/デューイ/レイシイ

 

 戦後派の作家のなかから前回お約束しました三作家について簡単に触れてみましょう。

 ウェイド・ミラーの創作活動はおおまかに五年ごとに区分されると前にもお話しましたが55年以後の作品はホィット・マスタースンのペンネイムによる警察活動を盛りこんだサスペンス小説でした。意識的に創作方針をかえることで目先きをかえ、作家としての地位を保ってきたのです。

「Dead, She Was Beautiful(55)」「非常線(55)」「黒い罠(56)」「A Shadow in the Wild(57)」と長篇を発表し、以後雑誌にも中篇を書き下してきましたが昨年(*8)は「A Hammer in His Hand(*9)」を発表するかたわら、W・ミラー名儀でゴールドから「Sinner Take All」などの新作をだしています。

 

 シカゴのマック・シリーズで売りだしたT・B・デューイは「Every Bet's a Sure Thing(53)」「Prey for Me(54)」「非情の街(55)」「Brave Bad Girls(56)」と次々にマックものを書き「You've Got Him Cold(58)」を最後にあとでお話するサイモン&シャスター(*10)社の大移動の際にランダム社に移り「The Chased and Unchaste(*11)(58)」などマック・シリーズを書きつづけ、昨年はまた古巣のサイモン&シャスター社で「The Girl Wasn't There」を出しています。

 デューイの長篇は20作近いのですが、約半数のマック・シリーズと初期のシンガー・バッツもの以外にもトム・ブランド(*12)名儀で数作、また新しいところではポピュラーで書き下している私立探偵ピート・スコーフィールドの新しいシリーズがあります。

 ポピュラーからは「My Love is Violent」「And Where She Stops」「Go to Sleep, Jeanie (*13)(59)」「Too Hot For Hawai(60 )(編注・正しくはToo Hot for Hawaii)」がでていますが、ハード・ボイルドな私立探偵には珍らしくピートにはジャニー(*14)というれっきとした奥さんがついています。

「ハワイにしても暑すぎる」の結末の部分の二人の会詰をご紹介してみましょう。

 

 ジャニーにお気に入りのマッサージをしてもらいながら、俺は、すっかりいい気になってこまごまと事件の話をしてやった。ジャニーは、いやに静かに俺の話を聞いていた。すこししゃべりすぎたらしい。ジャニーは暫くしてから、やっと口をきいた。

「で、その時、その女の子はGストしかからだにつけていなかったというのね」

「そうだよ、ずっとね」

「お話だとあなた、彼女を何とかしたっていったわね」

「ああ、ちょっとしめあげてやったよ」

「どこで?」

「あそこでさ」

「場所じゃないのよ、彼女のどこをしめあげたのかって聞いてるのよ」

「そりゃあ、あそこしかないだろう」

 ジャニーが突然俺の背中をきつくつねったので俺はおもわず悲鳴をあげた。

 しばらくふざけ合っていたが、そのうちに二人とも自然にふんわかとしてきて、いつものように、なるようになってしまった。

 

 独りものの私立探偵も、きれいな秘書にかしずかれてお楽しみですが、こんな物わかりのいい奥さんなら、ありがたいものですね。

 

 デューイより数年おくれてスタートを切ったエド・レイシイは、デューイ〜(*15)サイモン&シャスター社と同じようなケイスで、やはり一流の出版社ハーパーでハード・カバー(*16)を出すようになって認められた作家です。54年までにエイヴォンから5作ほどオリジナルものを書き下していましたが「死への旅券(55)」以後ハーパー→ポケットで「The Men from Boys(編注・正しくはThe Men from the Boys)」「Lead with your Left(正しい表記はLead with Your Left)」「ゆがめられた昨日(57)」「さらばその歩むところに心せよ(58)」「Shakedown for Murder(58)」などのおおくの佳作を発表しています。

 昨年は挙(編注・「拳」の誤字?)闘界の裏話を盛りこんだ「The Big Fix(*17)」をピラミッドで書き下しましたが、短・中篇はほとんどみかけずマーキュリイ誌に長篇のおひろめが掲載された程度です。

 

黒人問題

 

 レイシイのMWA賞受賞作「ゆがめられた昨日」は黒人の私立探偵ということで話題になりましたが、前回H・エルスン/E・ハンターのところでお話した未成年者犯罪と人種問題はアメリカの二大社会問題といえるでしょう。マッギバーンも「明日に賭ける」で人種の融合と対立を鋭く衝き、犯罪はむしろ従的なものだったとも考えられます。

 黒人警察署長もののドナルド・M・ダグラス/棺桶ジョンソンと墓穴ジョーンズのコンビで58年から新しいシリーズを手がけて好評のチェスター・ハイムズなど黒人主人公のミステリィはぽつぽつ見受けられますが、小説の全面にわたって強く人種問題や対立を持ちこむことは普通小説にとっても、長い偏見の歴史に立ちむかうおおきな決断力を要するもので、俗受けを狙う大衆小説にとってはなおいっそうむずかしい問題だといえましょう。

 しかしおおくの場合探偵小説に登場する黒人がいつまでもみじめな靴磨き少年やボクサーくずれの大男の用心棒とかいった類型的な描写しかされていないのは残念なことです。

 I・フレミングの徹底した活劇小説「死ぬのは奴等だ(*18)」に登場した黒人の大立物ミスター・ビッグはそのなかでは強い印象を残しています。イギリス人だから書けたのだともいえますが、暗黒街・ショウビジネス・スポーツ界におおきな権力をふるう黒人の大物が数多く存在し、白人以上に生き生きと活躍している事実は無視することはできないでしょう。

 

テレビとミステリイ(*19)

 

 ハリウッドに見切りをつけた戦前派の作家や、ニューヨークっ子のH・ケイン/D・アレギザンダー、また新しい作家では「Enter Murderers」を書いたヘンリイ・スレッサー、「死の退場」のハリイ・オルズカー、あるいは芸能人のスティーブ・アレン(*20)(マンハント誌・中篇)マスコミ諷刺の中篇を雑誌に数多く発表しているサスペンス派のロバート・ブロック/E・ボックスのプレス・エージェントもの、あとでお話する二人の女探偵の作品のあるものやM・アバロン(*21)の「Meanwhile at the Morgue」(*22)などブロードウェイやテレビ界を舞台にした作品が目につきます。ミステリィとテレビの相互作用によって、ミステリィ隆盛の気運はテレビ映画にもあきらかに影響をあたえ、犯罪ものはウェスタン/ホームドラマなどとともにたいへん盛んになりました。

 日本製作品で発足した日本のテレビ番組にも57年頃からアメリカ製テレビ映画の波がおしよせ、犯罪ものではドラグネット/ハイウェイ・パトロールがまず口火を切り現在まで30以上の作品が輸入されています。犯罪ものには弁護士・地方検事・記者・スリラー・スパイものなどがありますが、おおくは私立探偵か警察活動を描いたもので、これまでにも、ペリイ・メイスン/マーロウ/マイク・シェインの三作が輸入されています。未公開のものではクイーン/ロックリッジ夫妻のノース夫妻/ハメットのニック・チャールス夫妻/ビガーズのチャーリー・チャン/スピレインのマイク・ハマーものなど色とりどりですが、行動性の濃い作品がよろこばれているのは当然なことでしょう。

 

職業と舞台のバラエティー

 

 傷ましい戦争の火も消え、世界状勢も雪どけ気分で月だ金星だと大騒ぎするありがたい御時世に、テレビにしろ小説にしろミステリィが繁栄するのはいいのですが、読者や聴取者の目が肥えてくるにつれ作家は規格品の色つけに頭をかかえていることでしょう。

 そこで小読の舞台や主人公の職業にいろいろと変化を持たせようと苦心することになります。

 音楽界・挙(編注・「拳」の誤字?)闘界・テレビ放送局・出版社などに舞台を限定する作品と、もうひとつ、舞台をアメリカ国内だけにとどめず広く世界を股にかけたスパイ・スリラーの要素を盛りこんだ作品とがあります。ミステリィ以外でも広い舞台に題材をとった大衆作家にフィリップ・ワイリイやアーネスト・ガンがいますし、S・マーロウのチェット・ドラムもたびたびヨーロッパに飛んでいます。前にちょっとお話したエドワード・S・アーロンズの米国諜報局員サム・デュレルのシリーズやスターリング・ノエル/ウィリアム・R・ウェックス/CIAの仕事もたのまれる保険調査員ミロ・マーチ(*23)やキムロック情報局少佐もののM・E・チェイバー、新しいところではリチャード・マーチン・スターン(*24)「恐怖への明るい道(58)」やDCI(防衛諜報局)ヨーロッパ特派員モンゴメリイ・ナッシュもののリチャード・テルフェアなどが挙げられます。ヨーロッパ、中南米諸国にならんでトウキョウ、シャンハイもときどきとんだ陰謀の舞台になります。

 

 主人公の職業にもいろいろ新しいものが登場してきました。テレビにもカメラマンや保険調査員などがでてきますが、E・ボックスのプレス・エイジェント、ピーター・サージャント/バードとドロレス・ヒッチェンズ夫妻(*25)の鉄道公安官ヴィク・モイン/ジョン・B・イーザン(*26)の経営調査員ヴィクター・グラント/スチュアート・スターリングのペドリー消防局員やホテルの雇われ探偵(House Dick)ジル・バイン、同じくスペンサー・ディーンのドン・キャディーなど多種多様ですが、もっとも目につくのは保険調査員でしょう。

 フランク・オルーク(*27)のジム・ブラッドレイや前述のミロ・マーチが代表的なものです。「The Lady Came to Kill(58)」の冒頭から、マーチにごあいさつをしてもらいましょう。

 

 私の名前はミロ・マーチ、仕事は保険調査員。私立探偵とはちょっとちがう。だがトレンチコートも着てるし、鼻もつかう。ブルネットが見当らないときには、ブロンドの女の子も追いかける。事務所はアメリカ合衆国のマーティニの都、マディソン通り。雇ってくれる保険会社の仕事なら、生命・火災・貴重品あらゆる事件を取扱う。

 保険会社では手に負えないてごわい仕事を扱うのが私の事務所の仕事である。

 

私立探偵のニューフェイス

 

 特殊な職業につく主人公でなしに、きっすいの私立探偵のニューフェイスも近ごろではつぎつぎに登場していますが、紙数がありませんのでペイパーバック本出版社別に名前だけ紹介します。

*ゴールドメダル――カッコ内が私立探偵

マイク・アヴァロン(エド・ヌーン)

ピーター・レイブ(ダニエル・ポート(*28))

ドナルド・ハミルトン(マット・ヘルム)

ヴィークル・ハワード(ジョニイ・チャーチ)(*29)

*デル     、

ロバート・デートリッヒ(スチーブ・ベントリ)(*30)

ウィリアム・フラー(プラッド・ドーラン)

ロバート・D・ロック(ピート・ブラス)

*ポピュラー

ジェームズ・ハワード(スチーブ・アッシュ)(*31)

ベン・カー(ジョニイ・マロイ)

*エイヴォン

ジェイ・フリン(マクヒュー)

ダン・マーロウ(*32)(ジョニイ・キレイン)

*シグネット

ジョン・B・ウェスト(ロッキイ・スチール)(*33)

マイク・ロスコー(ジョニイ・エイプリル)(*34)

*ポケット

ジョー・レイター(ジョン・パワーズ)

*クレスト

ジャック・ベインズ(モロッコ・ジョーンズ)

 

グラマー探偵登場

 

 次々にとびだすタフなお兄いさんにまざって、あげくのはてには色気たっぷりのプロの女私立探偵まで登場するしまつです。

 従来の女探偵といえばC・ライスの素人っぽい夫婦探偵などのカップルの片割れか、タフなヒーローのデザート用秘書兼恋人役といったどのみちヒモつきの女性か、あるいはA・A・フェアの、クール婆さんのような虫もつかない姥桜と相場がきまっていましたが、50年にゴールドメダルが創刊されたときまっさきに登場したジェイムズ・L・ルーベルがエリー・ドノバン(*35)というグラマー探偵を作りだしました。本格的にシリーズものとして女性の私立探偵がうまれたのは、G・G・フィックリング(ピラミッド)のホニィ(*36)・ウェストからでしょう。「This Girl for Hire(*37)(57)」以後、五、六作たてつづけに発表されたこのシリーズは、グロリアとフォレス・フィックリング夫妻の合作で、夫妻は私生活ではR・S・プレイザーと仲が良いようです。

 後に出てくるカーター・ブラウンも59年の「The Loving and the Dead(*38)」からメイヴィス・シドリッツ(*39)・シリーズを書きはじめ昨年の新作では五八年からのシリーズのホィーラー(*40)警部と共演してパートナーのジョニイ・リオの影はどうもうすくなってしまいました。

 ベテランのH・ケインもピラミッドで59年「Private Eyeful」を発表し大金持で冒険好きな女探偵マーラ・トレントをつくり出し、H・オルズカーの「死の退場」にもフーテン娘がヒロインをつとめています。

 殺された父親の跡目相続のハニィ(*41)・ウェストがなかではもっとも歯切れがいいようですが、ちなみに三人のグラマーぶりと事務所をご紹介しますと、ハニィ・ウェスト/ロス/38-22-36/5'5"/タフィー。メイヴィス・シドリッツ/ロス/37-25-36/ブロンド。マーラ・トレント/ニュー・ヨーク/38-23-38/5'6"/ブロンド。マリリン・モンロー/ハリウッド/37-23-37/5'5,5"/ブロンドといった全男性憧れの寸法です。

 めっぽう強いうえにお色気もある女探偵に、鼻の下の長い悪人がこてんこてんに痛めつけられるお話に、スピレインのサディズムとは反対の倒錯的な興味をかきたてられるのでしょう。こんな別嬪さんになら、ぎゅうぎゅうの目に会わされたっていっこうかまわないといった世の男性の弱点を巧みについているのでしょう。

 

その他の作家

 

 先号でご紹介した数多い私立探偵や、特定の主人公を持たない作家もひきつづきたくさん活躍していますが、55年以後の作家に共通してみられるのは、混乱・頽廃した現実社会の道徳観・性のモラルを反映した暴力とセックス描写の過剰ということです。にやにやしながら読みすてるぶんには読者としてもべつに困りもしませんし、作家のほうもそれをじゅうぶん知っていて、読みすてられることを承知のうえでつぎつぎに書きまくっているのでしょう。

 例によって、出版社別に目ぼしい作家を拾ってみますと、

*ゴールド

ニック・クェリイ(*42)/オビッド(*43)・デマリス/ヴィン・パッカー/マルコム・ダグラス/スチーブ・フレイジイ(*44)/ハリイ・ホィッティントン(*45)

*シグネット

ウィリアム・コックス/チャーリー・ウェルズ/アール・バチンスキー(*46)

*デル

ロバート・コルビイ(*47)/ロバート・カース/アル・フレイ

*エイス

ボブ・マクナイト/ジョン・クレイトン

*エイヴォン

スチュアート・フリードマン/アンドリュー・フレイザー

*ポピュラー

ウィリアム・ウルフォク/サム・ロス

*ポケット

ロバート・ブルムフィールド

 これらの作家のなかにはグルーバー/ハリデイ/バーネットなどのように西部小説を書く人もおおく、S・Fと同様、西部小説にもミステリィの要素が加わってきています。いまに、21世紀の人間がタイム・マミン(*48)で開拓時代の西部にまいもどって殺人事件を解決するなんていうお話がでてくるかもしれません。

 

小説化・実話・短篇小説

 

 この時期の新しい作家に目立つことに、この見出しの3項目があります。

 まず小説化(Novelization)ですが、これはテレビ→小説、映画→小説という珍現象のことで日本流にいえば映画物語にあたります。

 テレビのドラグネット(R・S・プレイザー/R・デミング)、ピーター・ガン(H・ケイン)、映画では製作・監督・脚本一人三役のアンドリュー・ストーン(*49)の「影なき恐怖」「針なき時計」など。

 ゴールドでオリジナルも書くエドワード・ロンズ、非行少年もののモートン・クーパーなどもよく映画物語を書きます。

 

 実話では、実際に起った事件を題材にした小説と本来の意味の実話小説がありますが、W・ブラウンの非行少年ものやハリィ・グレイ(*50)の暗黒街もの「The Hoods(53)」「The Portrait of Murder(58)(編注・正しくはThe Portrait of a Murder)」などは前者の傾向が強く、法廷もの・警察もの(ドン・ホワイトヘッドのF・B・I物語)、すこし古いところでは新聞記者J・レイトとL・モーチマー(*51)の New york Confidential(編注・正しくはNew York: Confidential!) その他のConfidentialシリーズや雑誌・単行本にまとめられた犯罪実話形式のルポルタージュなどは後者に属するといえましょう。

 

 犯罪実話・冒険物語・お色気とユーモア雑誌などが氾濫するなかで探偵小説もたくさん創刊されましたが、このように短篇小説を発表する機会が増すにつれてS・エリン、R・ダール、C・ボウモントなどすぐれた短篇作家が登場し本格派の衰退をよそに技を競いあいました。

 EQMM誌、マンハント誌についでL・チャータリスの「セイント・マガジン」が54年に、56年にはサスペンス映画の親玉ヒッチコックの「A・ヒッチコックM・M」とマイアミの独眼竜B・ハリデイの「マイク・シェインM・M」が登場し各誌それぞれ独特なスタイルを持っていますが、お気づきのように映画・小説で広くなじまれている人物をタイトルにもってきているのが共通しています。

 ヒッチコック誌にはH・スレッサー/O・H・レスリー/T・パウエル/C・B・ギルフォードなど、マイク・シェイン誌には御大のハリデイを筆頭にF・ケイン/フランク・ワード(*52)/R・デミング/R・ブロックなどが常連として顔をならべています。

 日本でもEQMM/マンハント/ヒッチコックとあいついで翻訳雑誌が誕生し、ハヤカワや創元社のポケット・ブックとあいまって翻訳ものが隆盛期をむかえ、それに刺激され、大薮春彦の登場を一つのエポックとして新しい風が日本の探偵小説界にも吹きこんできました。行動性と社会性をもった広い視野に立つ松本清張をはじめとするいわゆる社会派とよばれる探偵小説も広く愛読されるようになりました。島田一男のブンヤもの、警察ものも日本的甘さ・辛さはあっても喜こばれる作品で、犯罪もののテレビ映画では『事件記者』ぐらいが及第点といったところでしょう。

 

警察もの

 

 テレビのところでお話しましたが、輸入テレビ映画の約半分が警察活動を中心とした作品であることからわかるように、ミステリィでも警察ものは非常に盛んです。

 前にお話したマスタースンや神父と警官コンビのJ・ウェッブ、五九年に惜しくもこの世を去ったB・ベンスン、地味な作家ではヒラリー・ウオー(*53)/ヘレン・ライリイ(*54)/ニューヨーク18分署(*55)シリーズのジョナサン・クレイグ、悪徳警官ものではE・レイシィ(*56)やジャック・カーニイなどが数えられます。しかし、なんといっても極めつきは55年以後の作家の中で最も華々しい活躍をしたエド・マクベインの87分署シリーズ(*57)と、しゃれのめした遊び人風なホィーラー警部シリーズのカーター・ブラウンでしょう。地味と派手のちがいはありますが、二人のモットーとするところは才気とスピードをもとにしたタフな多作ぶりと会話がうまく描けていることです。ブラウンはシグネットで書き始めた58年から既に22作、マクベインも15作を越え新しいミステリィ雑誌まで創刊しています。

 警察ものには舞台として田舎の小都会と大都会のジャングルを選ぶものとの二つがありベンスンやウォー/イギリスのM・プロクターは前者に、クレイグ/マクベイン/ブラウン、それにJ・J・マリックのギデオン・シリーズは後者に属しています。

 主人公も、警察活動を全体的・機構的に描く作家と、特定な主人公に焦点をあてる二派がみられますが、いずれにしても警察ものの本領は、辛抱づよいコツコツした地味な捜査活動にあるのでしょう。

 

おわりに……

 

 これまでのお話をとおして作家の創作活動について気づくことは、作家と出版社の専属制、相互関係がかなり強いということです。

 作家をだいじにしてくれる出版社や編集部を作家がどれほど重視し大切に考えているか、また人気を維持するためにはそれらの機関か絶対に必要であることをどんな作家でもじゅうぶんに心得ているのです。

 リー・ライトという一流女流編集長の退陣・移籍によって、クイーン/デューイ/ライリー/ライス/ラティマー/マシュール/スターリングといった一流作家が58年にサイモン&シャスター社からランダム・ハウス社に移った事件でもこのことはよくわかります。

 このために浮かびあがった作家(マクベイン/ブロック/ノエル・クラッド)逆にランダムを出た作家(アレギザンダー)など出版界はおおさわぎだったようです。ともあれ、日本の出版界も作家と出版社がもうすこしお互いのために助けあう必要があってもいいとおもいます。

 私の小論も今月号でひとまず終ることになり、不勉強のためのミスや内容について暖かいご批判をしてくださったおおくの先輩の方々とこれまでお読みくださった読者のみなさんに心から感謝いたしております。

                

(おわり)

 

*出典 「マンハント」1961年6月号

 

 

[校訂]

*1:L・チャーテリス(チャータリス)

*2:バーネーット(バーネット)

*3:ロイ・コーエン → オクタヴァス・ロイ・コーエン

*4:W・P・マッギバーン(マッギヴァーン)

*5:D・アレギザンダー(アリグザンダー)

*6:R・S・プレイザー(プラザー)

*7:ステフェン(スティーヴン)・マーロウ

*8:昨年 → 59年

*9:A Hammer in His Hand → ハンマーを持つ人狼

*10:サイモン&シャスター(シュスター)社

*11:The Chased and Unchaste → The Case of the Chased and Unchaste

*12:トム・ブランド(ブラント)

*13:「Go to Sleep, Jeanie → 「Go to Sleep, Jeannie (59)」

*14:ジャニー → ジーニー

*15:〜 → = [〜では、「から」という意味合いになるし、友好関係を示す記号は、「=」が近いのでは?]

*16:ハード・カバー(ハードカヴァー)

*17:The Big Fix → リングで殺せ

*18:死ぬのは奴等だ → 死ぬのは奴らだ

*19:ミステリイ(ミステリィ)

*20:スティーブ(スティ—ヴ)・アレン

*21:M・アバロン(アヴァロン)

*22:「Meanwhile at the Morgue → 「Meanwhile Back at the Morgue」

*23:ミロ(マイロ)・マーチ

*24:リチャード・マーチン(マーティン)・スターン

*25:バード(バート)とドロレス・ヒッチェンズ夫妻

*26:ジル・バイン(ギル・ヴァイン)

*27:フランク・オルーク(オロアーク)

*28:ダユエル(ダニエル)・ポート

*29:ヴィークル(ヴィーチェル)・ハワード

*30:ロバート・デートリッヒ(ディートリック)/スチーブ(スティーヴ)・ベントリ(ベントリー)

*31:ジェームズ(ジェイムズ)・ハワード/スティーブ(スティーヴ)・アッシュ

*32:ダン・(ダン・J)・マーロウ

*33:ロッキー・スチール(スティール)

*34:マイク・ロスコー(ロスコオ)/ジョニイ(ジョニー)・エイプリル(エープリル)

*35:エリー・ドノバン(ドノヴァン)

*36:ホニィ(ハニー)・ウェスト

*37:This Girl for Hire → ハニー貸します

*38:The Loving and the Dead → 女ボディガード

*39:メイヴィス・シドリッツ(セドリッツ)

*40:ホィーラー(ホイーラー)

*41:ハニィ(ハニー)・ウェスト

*42:ニック・クェリイ(クォーリイ)

*43:オビッド(オヴィッド)・デマリス

*44:ステーブ(スティーヴ)・フレイジイ

*45:ハリイ(ハリー)・ホィッティントン(ホイッティントン)

*46:アール・バチンスキー(バジンスキー)

*47:ロバート・コルビイ(コルビー)

*48:タイム・マミン(マシン)

*49:アンドリュー(アンドリュー・L)・ストーン

*50:ハリィ(ハリー)・グレイ

*51:L・モーチマー(モーティマー)

*52:フランク・ワード(ウォード)

*53:ヒラリー・ウオー(ウォー)

*54:ヘレン・ライリイ(ライリー)

*55:18分署 → 6分署

*56:E・レイシィ(レイシイ)

*57:エド・マクベインの87分署シリーズ → 87分署シリーズのエド・マクベイン

 

 

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