#1 始まりは西部劇だった

3 西部劇切り抜き帖

 私が西部劇映画を積極的に観はじめるようになるのは、高校に進学した一九五二年からである。西部劇の公開本数が非常に多かった頃で、一九五一年から五四年にかけての四年間で百五十本近くにのぼっている。

 だがすべての西部劇を観たわけではない。選り好みはほとんどしなかったが、どうしても観るチャンスにめぐりあえなかった作品もあった。高校を卒業した直後にやっと打率(公開本数に対する観た本数の比率)は五割を越え、五五年六月末には二百九本中百二十本(約五十七パーセント)、十一月初旬には二百二十本中百二十九本(約五十八パーセント)に到達した。浪人一年めの夏から秋の四ヵ月間に、映画館へ言って九本の西部劇映画を観ていたのだ。

 このようなくわしい数字がなせわかるのか? 答えは明快だ。日記をつけるかわりに西部劇に関するデータをびっしりと記入したノートづくりを始めていたのである。ノートは全部で十七冊残っている。そのほかに手造りの西部劇映画専門雑誌が二号と新聞広告切り抜き帖が全十巻。この時期私がどれほど西部劇映画にのめりこんでいたかを教えてくれる明白な証拠が存在しているのである。

 全十巻の新聞広告切り抜き帖は一九五四年から一九六〇年まで切れめなくつづいている。公開された映画館の名称や宣伝文などに資料価値があり、プログラムのかわりにもなるのでつづけたのだろうが、スクラップづくり自体が楽しかったのだと思う。

 西部劇映画の新聞広告をすべて切り抜いて若干の編集(切り抜いた材料のレイアウト)を加えたものなので、必ずしもそこに貼られている映画をぜんぶ観たとはかぎらない。短評やコメントが記入されている映画もある。映画評論家の映画評が載っていることもあるが、西部劇の評価は概して低く、かなり悪意をこめた批評もまじっている。そういう好意的でない批評に対して、私はいつも不満をいだいていた。

 

 

*出典『私のハードボイルド』(早川書房刊) 「第一章 私とアメリカ」の「3 西部劇ヒーローたち」より抜粋。

 

 

切り抜き帖

第一巻(一九五四年〜五五年)

『ヴェラクルス』『戦いの矢』(ジェフリー・チャンドラー)、『星のない男』(カーク・ダグラス)、『ララミーから来た男』(ジェイムズ・スチュアート)などの広告が貼りこまれている。五四年公開の西部劇映画は三十一本。

第二巻(一九五五年)

『ホンドー』『日本人の勲章』(現代版西部劇)、『風と共に去りぬ』(大絵巻)など。ついでに探偵物、犯罪映画のジャンルからハメット原作の『影なき男の影』。エドワード・G・ロビンソン主演『死刑5分前』の広告も貼りこまれている。『スポイラース』のリメイク『暴力には暴力だ!』には「アラスカの感じがほとんどない……レイ・ダントンがうまい」という私のコメントがある。『ララミー〜』には「掌を射ぬかれる場面がすごい。アーサー・ケネディはあいかわらず達者だ」、『ホンドー』には「レオ・ゴードンが悪役。ワード・ボンドはバッファロー・ビルになったがたいした見世場はない」とあり、「眼鏡をかけて見た」とあるのは3D(立体)映画だったためだ。『日本人の勲章』では「悪役のボーグナインとリー・マーヴィンがおもしろい」、『アリゾナの襲撃』では「フォレスト・タッカーは善人役なんて柄じゃない」など、主演者たちよりむしろ傍役に関心を示している。

第三巻(一九五五年〜五六年)

『追われる男』(キャグニー)、『アラモの砦』(スターリング・ヘイドン)、『デンヴァーの狼』(ジョン・ペイン)など。併映の広告にアラン・ラッドの『恐喝の街』。五五年公開の西部劇映画は二十二本。

第四巻(一九五六年)

 ミステリ風味の『六番目の男』(ウィドマーク)、『街中の拳銃に狙われる男』(ミッチャム)、『赤い砦』(カーク・ダグラス)、『誇り高き男』(ロバート・ライアン)など。併映の犯罪映画では『拳銃魔』『殺人者』『出獄』『青い戦慄』などの広告が貼られている。

第五巻(一九五六年つづき)

『捜索者』(ウェイン)や『必殺の一弾』(グレン・フォード)など。五六年公開の西部劇映画は二十八本だが、この年の十月から十二月にかけて東京近辺で上映された西部劇の一覧表が作成されて記されている。その数なんと百十五本!

 冒険活劇『太陽に向って走れ』のほかに犯罪映画としては『死刑囚2455号』とケン・ヒューズ監督の『脱出者を狙え』(五五年作)の二本の広告が貼られている。後者は観たおぼえがないが、英国での原題をLittle Red Monkeyといい、主演のリチャード・コンテの名前の上に〝ハード・ボイルドのNo.1〟と刷りこまれている。なぜ彼が「ハードボイルド」なのかはピンとこない。

第六巻(一九五六年〜五七年)

『最後の銃撃』(ロバート・テイラー)、『襲われた幌馬車』(ウィドマーク)など。併映の映画広告は『暴力賭博』やポール・ニューマンの『傷だらけの栄光』。

第七巻(一九五七年)

『鹿皮服の男』『赤い連発銃』(オーディ・マーフィ)、『決断の3時10分』(グレン・フォード)、『ロンリーマン』(ジャック・パランス、アンソニー・パーキンス)、そして日比谷で観た『OK牧場の決斗』(ランカスターとダグラス)。エルヴィス・プレスリーの映画デビューを飾った西部劇『やさしく愛して』の新聞広告も切り抜いて貼りこんである。併映の犯罪映画の広告は『夜鷹のジョニィ』(ハワード・ダフ)と『ギャングスター』(バリー・サリヴァン)の二本だがどちらも記憶にない。

 五七年に公開された西部劇映画は三十八本。これは五一年の四十一本に次いで第二位にあたる。

第八巻(一九五八年)

『縄張り』(羊飼いのグレン・フォード)、『左きゝの拳銃』(ビリー・ザ・キッドに扮したポール・ニューマン)、『西部の人』(クーパー)、『ゴーストタウンの決闘』(テイラー、ウィドマーク)など。ウィリアム・ワイラーの大作『大いなる西部』(ペック、チャールトン・ヘストン)もあったが、このあたりから西部劇映画は大味でつまらなくなった。五八年の西部劇映画は三十一本。

 西部劇と抱き合わせで併映された犯罪映画の新聞広告は『地獄の埠頭』(ラッド、ロビンソン)、『俺に近づくな!』(スティーヴン・マクナリー、ヴィック・モロウ)、『絞首台三歩前』(スコット・ブラディ)など。

第九巻(一九五九年)

『縛り首の木』(いくぶん非情な感じの医師クーパーとマリア・シェル)、『リオ・ブラボー』(ウェイン、ディーン・マーチン)、『ワーロック』(ウィドマーク)、『騎兵隊』(ウェイン、ホールデン)、『ガンヒルの決斗』(ダグラス、アンソニー・クイン)など。この年の公開本数は二十三本だが半分近くは観ていない。クーパーの旧作『平原児』の切り抜きもある。

 併映の犯罪映画は『地獄で握手しろ』(キャグニー)、トニー・カーティスのボクシング映画『挑戦者』や『お熱いのがお好き』の新聞広告もまじっている。

第十巻(一九六〇年)

『アラモ』『許されざる者』『バファロー大隊』など爽快感に欠ける大作風のつまらない西部劇映画が顕著に増えはじめた。公開本数は二十六本(この公開本数は当時私自身が記録した数字である。短篇映画などもあり、正確な資料の数字とは誤差があるだろう)。

〝マ〟・バーカー・ギャングを描いた『アメリカの弾痕』という犯罪映画の広告も貼られているが、興味深いのは『ライフルマン』や『幌馬車隊』など西部劇の連続テレビ番組の広告が新聞に載りはじめたことである。

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