#1 始まりは西部劇だった

5 対談 逢坂剛vs小鷹信光

小鷹 逢坂剛さんをご紹介いたします。ハードボイルド小説家がなぜここにと思う方がいらっしゃるかもしれませんか、全然場違いではないんですよ。私の専門趣味分野、西部劇とフィルム・ノワールで私より優れてることがたくさんある方なんです。一週間前に彼の事務所に行って、どれくらい集めてしまったかという検証をしてきました。

逢坂 昔から好きだったんで、ずいぶん集めましたね。そうおっしゃる小鷹さんこそ、私が作家にもなっていない学生のころからハードボイルドのことを書いてらしたし、翻訳もしてらした。ずっと年上のおじさんだと思ってたんだよね(笑)。お会いしてみたらたいして変わらないんですよ。

小鷹 そうですか。ありがとうございます。でも、逢坂さんのほうがお肌つるつるでしょう。いや、頭の話じゃないよ(笑)。

 (会場笑)

逢坂 まあ、顔と頭はつながってるんですけどね(笑)。

小鷹 私のことを若いと言ってくれたけど、八つも年が離れてるんですよ。私は前期高齢者。彼はまだ六十代。

逢坂 この間、還暦を迎えたところですね。まあ、六年前だったかな。

 (会場笑)

逢坂 しかし今日は驚いたな。いらしている方で若い女性がすごく多いんですよね。そう思いませんか?

小鷹 翻訳家の方ばかりなんですかね。

逢坂 我々の人気で若い女性が集まったとは思えない。

 (会場笑)

逢坂 話がちんぷんかんぷんかもしれないですけど、やっぱり年寄りの言うことは聞かないといけませんよ。お付き合いください。

 

■西部劇のコレクション

 

逢坂 三年か四年前に小鷹さんのお宅に、池上冬樹さんとお邪魔したことがあるんですよ。そうしたら、高校時代に作ったノートとか、新聞の広告の切抜きとかが、大量にあったんです。ものすごいコレクションでした。今日は持ってこられました? やっぱりね。

小鷹 これをみなさんに見せなきや。

逢坂 これ、会場のみなさんのほとんどが生まれる前の新聞に載った映画広告ですよ。

小鷹 取ってた新聞の広告を全部切り抜いて、スクラップブックを作ってたんです。全部で十二冊。これは「決断の3時10分」だね。

逢坂 私も高校時代から西部劇か好きだったけれども、そこまでやりませんでしたよ。

小鷹 楽しみがそんなにたくさんはなかった時代だから。

逢坂 そうですわ。これを観たときは本当に驚きましたよ。小鷹さん亡き後、どこへいってしまうのかとすごく心配になったんです。私に引き継がせてくださいってお願いしたんですけどね。

小鷹 第二巻目は一九五五年、私が高校生のときですね。映画評なんかも書いてるんですよ。かわりにちょっと読んでくれませんか。

逢坂 「丸の内日活でめかねをかけて観た」

小鷹 「ホンドー」という立体映画の西部劇があったんですよ。

逢坂 立体映画はこのころからあったんです。でも、こういうのに頼る映画はだいたいだめなんです。

 (会場笑)

逢坂 たくさん書き込んでありますね。「ワード・ボンドはバッファロー・ビルになったが、たいした重要人物ではない。レオ・ゴードンを射殺するところがすごい」

小鷹 助演者や脇役ばっかりに凝っている時期があったんです。

逢坂 これは「ヴェラクルス」ね。レーザーディスクまで持ってきたんですか! 過去の遺物ですね。

 (会場笑)

小鷹 こういうのを集めちゃった人ってどうすればいいんですか。私だって、プレーヤーは捨てちゃいましたよ。

逢坂 残念ながら古書店でも引き取りません。

小鷹 ライナーノートみたいのが入ってても売れませんか。

逢坂 だめですね。

小鷹 だめ?

逢坂 うん。

小鷹 じゃ、「ヴェラクルス」クイズ。子分や雇われガンマン役で四人の俳優が出てきます。何人名前を言えますか?

逢坂 まずはアーネスト・ボーグナインですよね。それからジャック・イーラムがいました。あとはチャールズ・ブロンソン。

小鷹 この映画まではブチンスキーつて名乗ってました。本名はブンチンスキーつていうんですよ。

逢坂 彼は東欧系でしたしね。

小鷹 アパッチ役をよくやってました。もう一人は?

逢坂 丸い帽子をかぶった太い人ですか?

小鷹 違うんだよ。ジャック・ランバート。

逢坂 シャック・ランバートは最初に殺されちゃうじゃないですか。

小鷹 あ! それが次のクィズだったんだよ! この四人のうち誰か最初に殺されるでしょうか、つて。

 (会場笑)

逢坂 今日、ガンベルトを持ってきてないのが残念だな。この映画でバート・ランカスターかどんなことをやったかを見せたかったんですけどね。

小鷹 なんていう撃ち方ですか。

逢坂 あれは背面撃ちとでもいうんですかね。ちょっとやってみましょうか。

 (会場拍手)

逢坂 ぐちゃぐちゃ言ってる奴に向かって「そうか」つて言って振り向きながら、ぱっと抜いて撃つんですよ。こういうことは普通の人はできません。できるのはバート・ランカスターと私だけですから。

 (会場笑)

小鷹 《ミステリマガジン》の四月号で、私はとんでもない誤記をしたんですよ。それを、事務所にお邪魔したときに指摘されたんです。

逢坂 そうでしたっけ。

小鷹 コンテンションのことです。

逢坂 みなさん、アメリカのアリゾナ州はご存じですね。OKコラルの決闘は? ガッツ石松がはやらせたのとは関係ありません。これが行なわれたのがアリゾナのトゥームストンという町です。

小鷹 そのそばにコンテンションという町があったんですよ。あったのに私は(架空の町)って書いちゃったんです。架空の町どころじゃないんです。有名なゴーストタウン。それをすぐに言われちゃった。しかも遠まわしに。

逢坂 いや、すごく露骨に言いましたよ。

 (会場笑)

逢坂 そうとうこたえてたようでした。でも、人間誰しも間違いはありますよ。

小鷹 翻訳のときも、こういううっかりミスというのがあるんです。年をとればとるほど出てきますけどね。ほんのちょっとの調べ方の足りなさで起こる。このときは、十九世紀の地図を調べなかったんです。現代から一九六〇年代までの地図は見たのに。そこでやめちゃったんです。

逢坂 なるほど。でもそれはしょうがないでしょう。

小鷹 しょうがなくない! 許せないね。

逢坂 私は西部劇時代、一八八〇年代の地図を見ていますから、今の地図にコンテンションがないってことは、逆に知らなかったですよ。だからおあいこですよ。

 (会場笑)

小鷹 あとで資料を調べたら、ちゃんとゴーストタウンと出てたんですよ。その三キロ南にフェアバンクつてゴーストタウンかあるんです。トゥームストンを舞台にした小説を書いたときに、そこへ行ってるんですよ。三キロしか離れていないのについ架空の町って書いてしまったんだな。

逢坂 そうですか。それは致命的ですね。

 (会場笑) 

小鷹 次回の原稿は訂正から始めますよ。本当にちょっとのことなんです。怖い。昔の地図を調べなきゃいけないってことが頭から抜けたっていうことが悔しい。

逢坂 今の翻訳者の方は辞書が充実してるから、わりと、ねえ。楽と言っちや悪いですが。

小鷹 でも、なんでもウィキペディアを使って訳さずに一応疑ってくださいね。

逢坂 そうすると、小説のほうが翻訳より楽ですよね。

小鷹 この方の『墓石の伝説』という小説はすごいんですよ。墓石、つまりトゥームストン。逢坂さんは現場に行きましたが?

逢坂 もちろん取材しました。

小鷹 『アリゾナ無宿』もいいですね。駄洒落がおもしろいんですよ。主人公かトム・ビー・ストーン、トゥームストンを分解した名前なの。こっちのほうがいいね。

逢坂 そうですか(笑)。『アリゾナ無宿』は蘊蓄を詰め込みました。そうしたら、誰が読んだかわからないくらい売れませんでしたね。

 (会場笑)

逢坂 『墓石の伝説』も西部劇に興味がない人が読んでもわからないでしょう。OKコラルの決闘について書いたんです。非常に謎が多い事件でしたから。岡坂神策という私の分身のような男が主人公。今日は宣伝していただいてありがとうございます。

 

■ハリウッド映画の今昔

 

小鷹 今、私がやってるのが、四〇~五〇年代のアメリカン・ノワール映画の掘りなおし。日本人は四〇年代のハリウッドを知らないっていう指摘を読んでね。この時代は、アメリカの見せちゃいけない部分っていうか、GHQとかの介入で公開されなかった映画が多いんです。本国でもプロダクション・コードがあったしね。

逢坂 結婚してない男女がキスしてはいけないとか。

小鷹 男女が同室してキスしたまま場面が暗転すると何かあったと思われるから、必ず着衣で、とか。たとえば「拳銃魔」。

逢坂 「俺たちに明日はない」のボニーとクライドの原点みたいな映画ですね。

小鷹 男女の破滅型の道行きもの。銀行強盗をしたりしながら逃げて行くんだけど、その先でモーテルに泊まらなきゃいけない。でも正式に結婚していないから、プロダクション・コードで泊まるシーンを撮れないんですよ。

逢坂 野宿ですか?

 (会場笑)

小鷹 いや、そうじゃないんです。二人の行き先に簡易結婚式場っていうネオンが見えてくる。二十ドルくらいで簡単に式を挙げてくれる。

逢坂 アメリカには実際、そういうところがあるんですか?

小鷹 あるんですよ、長距離バスのバス停とかに。ニコラス・レイの「夜の人々」でも簡易結婚式場のシーンがあるんです。エドワード・アンダーソンの原作にはもちろんない。「過去を逃れて」という映画もおかしいんだ。

逢坂 僕もそれは観ましたよ。九十七分って書いてあったのに、見てみたら八十分位しかない。話がわからなくてね。

小鷹 筋がすごく複雑でしたね。私はジェーン・グリアつていう女優がカーク・ダグラスとロバート・ミッチャムをどうやってたらしこんだのかがわからなかった。グリアがそれだけの魅力があるように描かれていないんです。プロダクンヨン・コードがあって肝心の場面が描けないわけ。せいぜいキスシーンで終わりでしょ。キスするだけで殺人を見逃したりしないですよ。四〇年代の映画人たちは枷をはめられていて、表現できなかった部分がすごく多い。その表現できなかった部分に大変興味を持っています。逢坂さんは新しい映画も観ますか。ニコラス・ケイジの「バッド・ルーテナント」とか。

逢坂 観ましたよ。

小鷹 あの映画は昔のリメイクですね。ハーヴェイ・カイテルの古いほうを手に入れてそっちは見たんですが、すごかったね。

逢坂 私の〈禿鷹〉シリーズのように、悪徳警官がどんどん金を儲けていってしまうんですよね。ニコラス・ケイジの瓢々とした感じがよかったです。

小鷹 目が気持ち悪いでしょ、まだ観てないけど。

逢坂 薬漬けの役なんですから(笑)。ハーヴェイ・カイテルのほうも覚えてますよ。

小鷹 無削除版があるんだよね。私が買ったのはそれなんですよ。ハーヴェイ・カイテルの全裸シーンが出てくる。しかも正面からのね。

逢坂 そうそう。でも、見たくないですね。

小鷹 日本で公開されたときは、ぼかされてたんでしょう。

逢坂 そうでしたね。

小鷹 無削除版を貸してあげますよ。

逢坂 いりません。

 (会場笑)

小鷹 カイテルの「バッド・ルーテナント」なんて映画はみんな忘れちゃうんだろうな。今度のもののほうがいいですか?

逢坂 爽快ですね。エヴァ・メンデスつていう、いい女優が出てるんです。

小鷹 今、ハーヴェイ・カイテルに凝ってるんですよ。ロバート・デ・ニーロと一緒に「ミーン・ストリート」に出たのにデ・ニーロのほうが脚光を浴びちゃう。マーティン・スコセッシが監督なんだけど、ある場面で〈悪党パーカー〉にオマージュを捧げてるんですよ。

逢坂 ポスターが出てきますね。

小鷹 今、悪党パーカーの劇画版(編註・いわゆるアメリカン・コミック)を翻訳してるんです。

逢坂 劇画ですか。その奇特な出版社はどこでしょう。

小鷹 まだ出版社は決まっていません。

 

■翻訳技術は向上したか?

 

逢坂 こんな場所ですが、借りてたDVDをお返しします。

 (会場笑)

小鷹 一本はハンフリー・ボガートの「Across the Pacific」。劇場未公開です。

逢坂 「マルタの鷹」と同じスタッフですよね。

小鷹 これはボガートが初めてトレンチコートを着た一九四二年の映画なんです。検証したことがあります。

逢坂 こっちの「Sirocco」のほうはテレビでやったことかあるかもしれませんね。

小鷹 未公開の映画は追跡がすごく難しいですよね。テレビで放送するときは仮題をつけますし。

逢坂 自分でデータを作るときにそれは反映させませんね。すでにある映画と同じタイトルがついたりしていますから。映画は今の作品より昔の作品のほうがよかったですね。こう言うと、年寄りはよくそう言うって言われますけどね、本当に間違いない。みなさんが年とったらきっとそう言いますよ。

 (会場笑)

逢坂 なぜかというと、映画は映像技術が進みすぎたから。それにばかりお金と労力を使うから、俳優の演技だとか脚本の練り方とかがすごくおろそかになってるんです。西部劇なんかは特に。バート・ランカスターだって、「星のない男」のカーク・ダグラスだって、鮮やかなガンさばきは自分でやってるんです。それが今はだめなんですよ。ケビン・コスナーは「機敏・コスナー」とか言われてるけど全然機敏じゃない。へっぴり腰です。

 全部スタントマンがやるからできなくなっちゃった。そうすると映画がつまらなくなる。翻訳ミステリも昔のほうがおもしろかった。五〇年代のポケミスとか、東京創元社の文庫本とかは嫌っていうほど読みました。今でも再読に堪えるものは全部とってあります。

小鷹 《ミステリマガジン》の座談会でも話題になりましたね。

逢坂 復刻してほしい本のリストも載せましたし。

小鷹 あんなに今は読めないんですか。ハメットの『ガラスの鍵』も『影なき男』も買えない。品切れ状態なんです。

逢坂 品切れっていうのは事実上の絶版なんですよね。他の出版社に渡したくないから品切れ状態にしてるわけでしょう。

小鷹 他が出してもいいですよね。

逢坂 復刊してほしい本はたくさんありますね。ホイット・マスタスンの『ハンマーを持つ人狼』とか。これは警察小説で、女性警官が活躍する初めての小説じゃないかと思います。それに、ハメットの五作とチャンドラーの七作は品切れにしちゃいけないですよ。他にもありますよね。ジェイムズ・ハドリー・チェイスだって本当は絶版にしてほしくない。

小鷹 マッギヴァーンも好きでしょ? もう読めないのかね。

逢坂 ポケミスは『緊急深夜版』しかないですね。創元も品切れ状態ですし。

小鷹 しかし版元で品切れでも、今はいろんな方法で、昔より簡単に手に入れられる。

逢坂 今の翻訳小説は複雑だし派手にもなってるけど、五〇年代の警察小説のほうがはるかにおもしろいんですよね。機会がないだけで、みなさんも読んだらおもしろいと思ってもらえると思います。

小鷹 翻訳の古さは感じませんか。

逢坂 それはあります。翻訳のレベルは圧倒的に今のほうが高いです。

小鷹 え? 本当?

 (会場笑)

逢坂 素人目ですけどね。英語力というより日本語力が上がってきたんじやないかと思います。

小鷹 いやあ、上がってきたとは一概に言えないなあ。

逢坂 どのへんに問題があるんでしょう。

小鷹 うーん……自動翻訳機みたいになってるんだよね。自分のボキャブラリーになくたって漢字が書けたりするような。

逢坂 なるほどね。

小鷹 あと、自分が年をとったからかもしれないこともあってね。昔、ジョージ・ラフトっていう映画俳優がいたんですよ。ゴルフをやるときにフェアウェイにボールがいかないと、ジョージ・ラフトなんて言ってね。

逢坂 ラフばっかりいっちゃう「常時ラフと」。駄洒落はわかりやすくないとだめですよ(笑)。

小鷹 いつか読んだ小説で、ジョージ・ラフトに割注がついてて「往年のアメリカのギャング映画スター」とあったんです。その次のページにいったらジャン・ギャバンに「往年のフランスのギャング映画スター」。ジャン・ギャバンに註をつけるかね? それをある中年の編集者に話したら、ジャン・ギャバンってどんな生地ですか、って言われたことがあるって。

逢坂 そういうことはしょうがないね。

小鷹 やっぱり「往年」と形容されますか。

逢坂 日本の小説でも、時代劇で「身長五尺八寸の堂々たる偉丈夫」とか書くじゃないですか。編集者からは一・八メートル」と註をつけるように言われますよ。私はそれ嫌だから換算表をつけるようにしています。

小鷹 だけどこんな割注をつけるのは読者をなめてると思うんだよね。心当りのある翻訳者はここにいないよね?

 (会場笑)

小鷹 五十歳くらいになってからのことだけど、この原作は自分の能力に対してどれくらいのレベルなのかと考えるようになったんです。理解を超えた文学性をもってたりすると手に負えないしね。

逢坂 訳していると自分の範囲もわかりますよね。

小鷹 そう。でも、今ここにいらっしゃる翻訳家志望の人たちは、このご時勢、労働時問に比例してやらなきゃならない仕事の量が決まっていますよね。もっともっと時間をかけて考えたいと思っても、どこかで打ち切らなければならない。

逢坂 なるほどね。

小鷹 作品の質の高さを見極める力と、それを自分が何パーセントまで再現できるか、自分の能力がどこまで及んでるかっていうことを、ほんとうは常に考えてやらなきゃいけない。でもやっぱり、翻訳者は原文から出られないんですよね。

逢坂 超訳になっちゃいますからね。

小鷹 超訳が可能かどうかっていうのは、大きなテーマですね。

逢坂 私はハメットを、私の執筆スタイルで訳してみたいですね。会話は必ず改行したり。そうするとちょっと味が変わってくると思うんです。そういう工夫をしないと、小鷹さんが訳しているものに手を出せないですよ

(笑)。

 

■最近の翻訳ミステリに物申す

 

逢坂 小鷹さんは最近の翻訳ミステリも読みますか。

小鷹 今、デニス・ルヘインをまとめて読んでいます。映画も公開される『シャッター・アイランド』とか。

逢坂 全く知らない作家です。

小鷹 去年は短篇集しか出なかった。長篇ももちろんすごいんですけど、「犬を撃つ日」とか短篇もいいんです。映画の「ミスティック・リバー」は覚えてますか? クリント・イーストウッドが監督。

逢坂 題名は覚えてます。その作者でしたか。

小鷹 まだ若いんですよ。五十になっていないかな。

逢坂 その年で若い部類に入るんですね(笑)。

小鷹 この会場にはあまりいないね(笑)。最近ハワイに行ったとき、DVDとか劇画を買い漁ってきたんです。『シャッター・アイランド』の劇画もあります。すごく暗い話なうえに小説が長いんだ。今日までに読み終えられなくて、劇画で代用してしまいました。

 (会場笑)

小鷹 あれだけの厚さの本をなんで台詞だけでできるのかと思ったけど、映画と同じなんだね、きっと。

逢坂 劇画でも話はわかりました?

小鷹 わかった。これが怖いんですよ。映画はそうとうしんどいと思うよ。犯罪を犯した精神病者だけを閉じ込めてる島があって、そこへ捜査官が二人、行方をくらました女を探しに行くんです。叙述のトリックがあるから……。

逢坂 もう言わなくていい!。

 (会場笑)

逢坂 私はそういうのが好きですから。でも、異常心理とか叙述トリックって聞くと、勘の鋭い読者はわかっちゃうかもしれないな。どんでん返しがありますっていうだけでわかる人もいるくらいだから。私は、どんでん返しがありますって嘘ついて、ないやつを書いたことがあるんですよ。二度は使えない手ですね(笑)。

小鷹 デニス・ルヘインの去年出た短篇集は『コーパスへの道』。なかなかの出来です。ただ、彼にとっての戦後はベトナム戦争後なんですね。私たちは第二次大戦を思い浮かべるでしょう。アメリカは戦争ばっかりしてるから戦後がいっぱいあるけど。

逢坂 なるほどね。

小鷹 さっきの「犬を撃つ日」なんていうのはまさに戦争後遺症の話なんです。

逢坂 アメリカは社会病理学的な小説が多いですね。幼児虐待とか。

小鷹 『ミスティック・リバー』はそういう作品です。トラウマ男がでてくる。

逢坂 日本でもそういうものを書く作家はいますけれど、私はあまり好きじゃないですね。

小鷹 翻訳ミステリー大賞の受賞作は、『犬の力』でいいのかな。あの話をみんなが本当に楽しんでるのか、よくわからないんです。

逢坂 でも、他の作品よりずっと投票数が多いんですから。

小鷹 だってこれ、上下巻だけで三百人くらい人が死ぬんですよ。

逢坂 戦争じゃないですか。

小鷹 麻薬戦争です。あれだけ死ぬとちょっと麻痺しちゃうね。残虐さも紙芝居みたいになってきちゃう。

逢坂 刺激になるような映画も小説も、そのときはいいかもしれないけど、壁にぶつかるところがあると思うんですよね。人がよく死ぬ小説を、僕も若いときに書きましたよ。でも、どんどん刺激を求めてしまうんだな。次を書くときはさらに一人殺さなくちゃいけなくなる。

小鷹 人が死にすぎるのはよくないと思いますよ。

逢坂 このあとはサイン会ですね。質問のある方はそちらで。

小鷹 今日はありがとうございました。

 

*出典 ハヤカワミステリマガジン2010年6月号

 

 

▶︎6 In The City 2015年summer インタビュー抜粋

 

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